音楽配信や録音機材の説明を見ると、44.1kHz、48kHz、16bit、24bitといった数字が並んでいる。
数字が大きいほど音がよさそうには見える。しかし、それぞれが音の何を表していて、実際の聞こえ方とどう結びついているのかは分かりにくい。
この記事では、現代のDAC内部で行われるオーバーサンプリングやデルタシグマ変調などには踏み込まず、デジタル音声を理解するための基礎を整理する。
連続している音をどのように数字へ変換するのか。保存された数字から、どうやって再び音を作るのか。まずはサンプリングと量子化の仕組みから見ていく。
音は連続して変化する
物体が振動すると、周囲の空気に密度の濃い部分と薄い部分が生まれる。その変化が波として伝わり、耳やマイクへ届く。
マイクは空気の振動を受け取り、時間とともに変化する電気信号へ変換する。空気の振動も、マイクが作る電気信号も、本来は途中で途切れていない。ある瞬間から次の瞬間まで、なめらかに連続して変化している。このような連続した信号をアナログ信号と呼ぶ。
一方、コンピューターが保存するのは数字だ。連続した信号を無限の細かさのまま記録することはできない。
そこでデジタル録音では、まず信号を一定の間隔で測る。次に、測った信号の大きさを、保存可能な数字へ置き換える。前者がサンプリング、後者が量子化だ。
一定間隔で音を測る
連続した信号を一定の時間間隔で測ることを、サンプリングという。
44.1kHzの音源では、1秒間に44,100回、信号の大きさを測る。48kHzなら、1秒間に48,000回測る。この「1秒間に何回測るか」を、サンプリング周波数、またはサンプルレートと呼ぶ。
サンプリング周波数は、時間方向に並ぶ標本の密度と、記録できる周波数帯域を決める。理論上、記録対象の信号に含まれる最高周波数の2倍を超える頻度でサンプリングすれば、その標本から元の連続した信号を再構成できる。これがナイキスト・シャノンのサンプリング定理だ。
44.1kHzの場合、扱える周波数の上限は、その半分にあたる22.05kHzになる。CDでは、44.1kHzのサンプリング周波数と16bitのbit深度が採用されている。
サンプルとサンプルの間に情報がまったく存在しないわけではない。条件を満たした信号であれば、離散的な標本から、その間を含む連続した波形を再構成できる。この点は次のセクションで詳しく扱う。
測った大きさを数字にする
サンプリングによって信号を測った後、その時点での信号の大きさを数字へ置き換える。
ただし、信号の大きさも本来は連続している。デジタルデータとして保存するには、あらかじめ用意された段階のどれかへ割り当てる必要がある。この処理を量子化という。
量子化で表現できる段階の細かさを示すのが、bit深度だ。16bitでは、信号の大きさを2の16乗、つまり65,536段階で表せる。8bitなら256段階、10bitなら1,024段階、12bitなら4,096段階になる。
段階が多いほど、各時点の振幅を細かく表現できる。段階が少ないと、実際に測った値と保存された数値の間に大きな差が生まれやすい。この差が量子化誤差だ。量子化誤差が入力信号と連動すると、低いbit深度では歪みやざらつきとして聞こえる場合がある。特に、小さな音や余韻が消えていく部分では影響が現れやすい。
実際の音楽制作では、bit深度を下げる際にディザと呼ばれる微小なノイズを加えることがある。ディザには、量子化誤差を信号に連動した歪みから、より一様なノイズへ変える役割があり、bit深度の違いはノイズフロアや扱えるダイナミックレンジの違いとしても現れる。
サンプリング周波数は標本の密度と記録可能な周波数帯域を決め、bit深度は各時点の振幅をどれだけ細かな段階で表すかを決める。44.1kHz・16bitとは、1秒間に44,100回信号を測り、それぞれの大きさを65,536段階のどこかへ記録するという意味になる。
点の集まりから音を再生する
デジタル音声ファイルには、サンプリングした時点ごとの数値が並んでいる。再生時には、D/Aコンバーターによって、この数値を連続した電気信号へ戻す。D/AはDigital to Analogの略だ。
デジタル音声の説明では、測定した点を階段状につないだ図がよく使われる。しかし、スピーカーが階段状の波形をそのまま鳴らしているわけではない。記録する信号がナイキスト周波数より低い帯域に収まり、適切にサンプリングされていれば、標本値から元の連続した信号を理論上は一意に再構成できる。
再生時には、記録された標本を補間して連続した信号を作り、D/A変換に伴って生じる不要な高周波成分をローパスフィルターで取り除く。その電気信号によってスピーカーの振動板が動き、再び空気の振動が生まれる。
流れをまとめると、次のようになる。
空気の振動 → マイクによる電気信号への変換 → サンプリング → 量子化 → 数字として保存 → D/A変換 → スピーカーの振動 → 空気の振動
デジタル音声ファイルに、音そのものが入っているわけではない。音の変化を再現するための数字が記録されている。
数字を減らすと何が起きるか
デジタル音声では、記録する情報を減らしたり、チャンネルをまとめたり、圧縮したりできる。何を変えるかによって、聞こえ方も異なる。
高い周波数を削ると、ハイハットやシェイカー、音の立ち上がり、主旋律の輪郭などが弱くなる。削る範囲が大きいほど、全体がこもって聞こえる。
低い周波数を削ると、ベースやキックの厚みが減り、軽い音に聞こえる。
bit深度を下げると、振幅を表現できる段階が少なくなる。今回のようにディザを使わずに単純に丸めた場合、bit数が少ないほど量子化誤差による粗さが目立つ。
ステレオ音源をモノラルにすると、左右に分かれていた音が中央へ集まる。これは周波数やbit深度を下げる処理ではなく、左右のチャンネルをまとめる処理だ。
MP3は、人間には聞き取りにくいと判断された情報を減らし、ファイルサイズを小さくする非可逆圧縮形式だ。今回の基準音源で使うPCM WAVは非圧縮、MP3は非可逆圧縮の代表的な形式だ。ビットレートが低いほど1秒あたりに使えるデータ量が少なくなり、128kbpsより64kbpsの方が多くの情報を削るため、高い音、余韻、複数の音が重なる部分、左右の広がりなどに違いが現れやすくなる。
実際に聞き比べる
数字の説明だけでは、音がどのように変化するのかは分かりにくい。そこで、基準音源と加工した音源を聞き比べるクイズを作った。
基準音源は、44.1kHz・16bit・ステレオの非圧縮PCM WAVで、CD相当の音声仕様になっている。クイズでは、高い周波数や低い周波数を削った音源、bit深度を下げた音源、モノラルへ変換した音源、MP3へ圧縮した音源などが出題される。全10問の候補から、かんたん・ふつう・むずかしいの3問がランダムで表示される。
正解することよりも、基準音源へ何度も戻りながら、どの部分が変わったのかを確かめるためのものだ。
※ブラウザやOS、出力機器によっては、再生時にリサンプリングなどの処理が行われる。Web Audio APIでも、音源とAudioContextのサンプリング周波数が異なる場合は、デコード時にサンプルレート変換が行われる仕様になっている。
このクイズはビット単位で一致する音を測定するものではなく、同じ再生環境で聞こえ方の違いを比べるためのものだ。再生経路による影響を減らすなら、有線のヘッドホンやイヤホンで試すとよい。
今回の聞き比べクイズで使う8bit、10bit、12bit相当の音源は、ディザを加えずに数値を丸めて作っている。量子化誤差による粗さや歪みを確認するための実験音源と考えてほしい。
音質は数字だけでは決まらない
サンプリング周波数やbit深度は、デジタル音声をどのように記録するかを決める重要な数字だ。ただし、数字が大きければ必ず音楽がよく聞こえるわけではない。
実際の聞こえ方には、演奏、録音、マイク、部屋の響き、ミックス、マスタリング、圧縮形式、スピーカー、ヘッドホン、再生する場所、聞く人の耳など、多くの要素が関係している。録音やミックスに問題があれば、高いサンプリング周波数やbit深度で保存しても、その問題が消えるわけではない。反対に、適切に録音・編集された音源なら、CD相当の44.1kHz・16bitでも自然に聞ける。
今回整理したのは、デジタル音声の入口にあたる基礎だ。実際の再生機器では、オーバーサンプリング、デジタルフィルター、デルタシグマ変調など、さらに多くの処理が行われている。そこまで進むと、「音源ファイルに書かれた数字」と「スピーカーへ送られる信号」の間には、もう一段複雑な仕組みがある。
それでも、出発点は変わらない。連続する信号を一定間隔で測り、その大きさを数字にする。デジタル録音の基本は、その二つにある。



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