生成AIを使う場面が、かなり増えてきた。
仕事でもそうだし、個人の作業でもそう。
調べもの、文章の整理、コードのたたき台、アイデア出し、サイト構成の相談。
少し前なら、自分で時間をかけて整理していたことを、今はAIに投げればかなり速く形にできる。
便利だと思う。
実際、自分もかなり使っている。
ただ、使っているうちに少し感じるようになったことがある。
生成AIは、誰でもすぐに何でもできるようになる道具ではない。
むしろ、分かっている人が使うと強い道具なんだと思う。
もともとその分野の知識がある人。
何を確認すればいいか分かっている人。
出てきた答えに対して、なんか違うなと気づける人。
そういう人が使うと、AIはかなり強い。
逆に、何も分からない状態でAIに丸投げすると、少し危ない。
それっぽい文章やコードが出てくるから、正しそうに見えてしまう。
でも、正しそうに見えることと、本当に正しいことは別だ。
AIは作業を進めてくれる
生成AIが便利なのは、頭の中で散らかっているものを、一度外に出してくれるところだと思う。
何から手をつければいいか分からないとき。
文章の構成がまとまらないとき。
コードの流れを整理したいとき。
作業の手順を並べたいとき。
そういうときにAIへ投げると、まず足場ができる。
これはかなり助かる。
自分も、ブログの構成を考えたり、WordPressやGitの作業手順を整理したり、文章をリライトしたりするときに使っている。
最初から自分だけで完成させようとすると止まることでも、AIに一度出してもらうと、そこから考えられる。
これは違う。
こっちは近い。
この見出しは使える。
この言い方は硬い。
そうやって、判断するための材料が増える。
でも、正しさまでは保証してくれない
ただ、AIが出したものは、そのまま正解ではない。
文章は自然でも、内容が間違っていることはある。
古い情報が混ざることもある。
前提を勝手に補っていることもある。
コードも同じで、一見きれいに見えても、実際のプロジェクトに入れると合わないことがある。
だから、AIは作業を進めてくれるけれど、正しさまでは保証してくれない。
ここを忘れると危ない。
特に仕事の現場では、AIを使って効率よく進めようという空気が強くなっている。
コストも上がっているし、限られた時間で成果を出さないといけない。
だからAIを使うこと自体は、もう避けられない流れだと思う。
でも、使えば自動的に楽になるわけではない。
AIの出力を見て、これは使えるのか、これは危ないのか、どこを確認すべきなのか。
そこを判断できるかどうかで、かなり差が出る。
大事なのは、AIを疑えること
AIに聞くことは、そこまで難しくない。
でも、AIの答えを疑うことは少し難しい。
それっぽい答えが返ってくると、ついそのまま進めたくなる。
文章も整っているし、コードも動きそうに見える。
でも、本当に今の状況に合っているのか。
前提は合っているのか。
古い情報ではないのか。
自分の目的からズレていないのか。
そこは人間が見ないといけない。
理解している人がAIを使うと強いのは、AIを信用しすぎないからだと思う。
使うけれど、疑う。
任せるけれど、確認する。
出してもらうけれど、最後は自分で決める。
この距離感が大事になる。
AIと人間の役割は、きれいには分かれない
以前は、AIに任せることと、人間がやることを、もう少しきれいに分けて考えていた。
AIには整理や要約を任せる。
人間は判断や責任を持つ。
それは今でも間違っていないと思う。
ただ、実際に使っていると、そんなにきれいには分かれない。
AIに投げる。
返ってきたものを見る。
違和感がある。
その違和感をまたAIに投げる。
反証させる。
別案を出してもらう。
最後に、自分で選ぶ。
この往復がかなり大事だと感じている。
AIは作業代行だけではなく、壁打ち相手にもなる。
ときには、自分の考えを疑わせる相手にもなる。
ただし、最後に引き受けるのは自分だ。
AIには代わってもらえない部分もある
AIは、手順を整理するのはうまい。
注意点を並べるのもうまい。
文章を整えるのもうまい。
でも、実際に手を動かすことまでは代わってくれない。
たとえば、何かを手書きで写すような作業がある。
注意点を整理してもらうことはできる。
どこを見ればいいかを確認することもできる。
でも、実際に紙に向かって、位置を見て、手を動かして、間違えないように書くのは自分だ。
そこには、面倒さがある。
思ったより時間がかかることもある。
やってみないと分からない感覚もある。
AIは見通しをよくしてくれる。
でも、実際にやったときの疲れや違和感や発見は、自分の側にしか残らない。
この差は、けっこう大きい。
使う人の理解度が、そのまま出る
生成AIは、多くの人の作業を楽にする道具だと思われている。
それはたしかにある。
でも同時に、使う人の理解度の差が出やすい道具でもあると思う。
分かっている人は、AIで作業を速くできる。
分かっていない人は、AIの出力に振り回される。
ここは、これからかなり大きな差になる気がしている。
AIを使えるかどうかより、AIの出力をどう扱うか。
たぶん、そちらの方が大事だ。
Draft EternalでのAIの使い方
このブログでも、AIはかなり使っている。
記事の構成を考える。
文章をリライトする。
サイト設計を整理する。
WordPressやGitの作業手順をまとめる。
別のAIに反証させる。
でも、AIに書かせたものを、そのまま出す場所にはしたくない。
AIを使って作業を進める。
でも、自分の体験や違和感や判断は残す。
そこが抜けると、文章はきれいでも、誰が書いても同じようなものになる。
生成AIは便利だ。
これからも使うと思う。
便利な相手として使う。
でも、最後に何を見るか、何を残すかは自分で決める。
生成AIを使うほど、人間の判断が大事になる。
今のところ、それが自分のAIとの付き合い方だ。



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